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第38回優秀畜産技術者賞特別賞(1)

ホルスタイン種における遺伝性横隔膜筋症の原因遺伝子の同定

独立行政法人 家畜改良センター 杉本真由美

 ホルスタイン種における遺伝性横隔膜筋症(Hereditary Myopathy of Diaphragmatic Muscles; HMDM)は4-7歳頃発症し、誇張症および呼吸器不全を主徴とする常染色体性劣性遺伝病であり、横隔膜筋における筋変性およびコア様構造が病理学的特徴である。ヒトにおける遺伝性筋症は多くの種類があるが、このコア様構造を伴う疾患は Desmin-related myopathy(DRM)が知られている。DRM は心筋及び骨格筋に見られるコアに Desmin が蓄積している常染色体性優性遺伝病であり、Desmin 遺伝子の変異や Desmin の折り畳み構造を整える働きを持つ chaperone である alpha-B-Crystallin 遺伝子の変異によって発症する。ウシHMDM の原因遺伝子を突きとめることができれば、コア様構造の作出および筋繊維変性の分子的メカニズムを解明する手がかりが得られるであろう。
 HMDMの原因遺伝子を同定するために、12 頭の患畜を含む 26 頭の家系および 1,200 個のマイクロサテライトマーカーを用いて連鎖解析を行ったところ、第 23 番染色体にある Heat-shock protein 70(Hsp70)遺伝子の1つが欠損することにより発症することが判明した。Hsp70 は熱等のストレスを与えると発現が増える分子量 70kd のタンパク質であり、主要な chaperone の一つである。その遺伝子は第 23 番染色体の MHC 領域にあり5、9kb の非翻訳領域をはさむ HSPA1A と HSPA1B の2つの遺伝子からなる。Long Range PCR により、12 頭の患畜はすべて9kb の非翻訳領域および HSPA1B が欠損しており、DNAレベルでは HSPA1B の欠損によって HMDM が発症することが示唆された。
 次に、RNAおよびタンパクレベルにおいて患畜と正常牛の Hsp70 がどのように異なるか調べた。RT-PCR により、患畜において欠損していない Hsp70 遺伝子 HSPA1A は RNA レベルで正常に発現していることが確認された。にもかかわらず、Western blotting および免疫染色により、患畜では Hsp70 タンパク質レベルが正常牛と比較して非常に減少していることが分かった。また、免疫沈降により正常牛の横隔膜筋ではクレアチンカイネース等の酵素が Hsp70 タンパク質と結合していることが確認された。さらに、免疫染色により患畜のコア様構造にクレアチンカイネースが蓄積していることが判明した。以上のことから患畜の横隔膜筋では Hsp70 タンパク質が発現していないため、Hsp70 により折り畳み構造が整えられて正常に機能すべき酵素が凝集し、コア様構造の出現ひいては筋変性が引き起こされることが明らかとなった。