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第38回優秀畜産技術者賞特別賞(2)

ブタ受精卵の凍結保存技術の開発

埼玉県農林総合研究センター 畜産研究所 藤野幸宏

 埼玉県には、県で系統造成した「ダイ2サキタマ」や民間で育種改良した高能力豚、黒豚(バークシャー)、中ヨークシャーなどの特産化されたブタが飼育されています。しかし、ブタは世代交代が早いことから遺伝的能力を保つためには集団(多頭数)で維持する必要があり、常に疾病や事故による損失も考慮しなければならないことから、安定的な生産にはかなりの負担を要します。受精卵移植技術のブタへの応用は、これらの問題を解決する手段であり、凍結保存した受精卵を用いて必要な時に子豚が得られれば、疾病等の事故からの回避、維持コストの大幅な低減が図られることから、長期的に良質な豚肉の安定供給が可能となります。
 このため、昭和 61 年度に「ブタの受精卵(胚)移植技術の確立」の研究を開始し、昭和 63 年度には農林水産省畜産試験場(現:独立行政法人 畜産草地研究所)の小栗室長のもとで依頼研究員として凍結保存技術を研修しました。当時、受精後5日目までのブタの受精卵は 15℃ に冷却した時点で死滅することから、凍結保存は困難だと思われていましたが、受精後6日目の受精卵を覆う膜(透明体)を脱出する直前および脱出した直後のブタ受精卵は比較的低温に強いことが確認され、平成元年にこの発育時期の受精卵を用いて緩慢凍結(プログラムフリーザーにより緩慢に冷却凍結する方法)することで、世界で初めて子豚を得ることに成功しました。その後、この方法の再現性を高めるため、凍結に適した発育時期の受精卵の効率的回収方法、移植したブタ受精卵の受胎率推定方法、移植した凍結受精卵の産子への発育補助方法などを開発し、今までに 20 腹 96 頭の凍結受精卵由来の産子が得られています。平成 11 年には凍結受精卵を輸送し家畜改良センターで生まれた子豚が、凍結受精卵移植での初めての種豚登録の例となりました。昨年度からは、受精卵を直接液体窒素中に投入して凍結する超急速凍結法を検討し、受胎率 80%、産子への発育率 18.6% と良好な成績が得られる方法を開発し、当初の目標にさらに一歩近づくことができました。ブタ受精卵の凍結保存技術の開発には長い時間がかかっていますが、この技術は安全で安心な豚肉を安定供給するためには不可欠なことから、今後も技術の確立に努力していきたいと思っています。